天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず

題名の一文は、聞くと、「王様だっているし社長だっているし県知事と私は同等か?イヤ、違うだろう。」と、いつも思っていました。
それにがんばって地位を得た人、頑張らずに困っている人、また不運なだけかもしれませんが困っている人。人間、同じじゃない!と思ったものです。

ここまで書くと「学問のススメ」読んでないのバレバレですね~?そうです。読んでないんです。こどもが少し一段落したので、これから読めそうです。(ウキウキ)

で。

身分や家柄は生まれながらにして違いますが、「人間そのもの」には、上も下もない。違いをつけるのは、「学」だけ、という主張、今なら少しわかります。偉い人でもそうでない人でも、与えられた時間は同じ。病気などから逃げられないのも皆同じ。不老不死の人はいない。有限の人生分を何に懸けて(投資して)何を成果として残すか。

アラサーだからでしょうか。

人生の残り時間が気になって参りました。
二十歳の頃のように、フワフワしてはいられない。
間違いたくない。
「老い」を感じると、「時間」を意識して、何に時間と労力と心を割いていこうか、真剣に悩みますね。
良い契機です。

ちなみに私は、少々の家柄や身分の違いは、しょうがない、と考えるようにしています。私はただのフツーなので、親が社長の人とかTVで見ると羨ましくはなります。でも。自分の子孫やDNAに何か残したいっていう意欲で頑張った人の残したものが、子孫を有利にするのは、まぁ、そうかーと思うというか。子孫って、自分を重ねる、自分の成果、自分そのものなんでしょうね。きっと。

今日のブログを書くきっかけは、北里柴三郎の伝記を最近読んだからなのですが、気になってた人の本を読んだら、つい最近まで見ていた「あさがきた」と時代背景が重なっていて、とても理解しやすかったです。「あの時代ね」って目に浮かぶんですから。ありがたいもんです。NHK。(SKEとかHKTではない)

北里柴三郎って方は、8歳から親戚などに預けられ、ずっと勉強をしているんですね。門下生になって。そして武士になりたい→(明治維新)→軍人になりたい→医学校なら行っても良いという親の許可→軍人になるための語学の勉強としてオランダ人医師に付く→医者になろう→公衆衛生を専門にし多くの人を救おう・・・・と、どんどん考えを進めていき、遂には破傷風菌の単独培養成功→血清療法発表→ペスト菌の発見・・・・と、どんどん実績を残していく。
凄い人ですね。そして親も凄い。
何処ででも、頑張って、成果を出して行くことで認められ、目をかけられ、次に繋がっていく、っていう成功体験を地でしています。そしてずっと。
きっと、他の道を歩んでいても成功していたに違いない、この人は。(運などもあるのかもしれませんが。)
「置かれた場所で咲きなさい」って本の題名も思い出しました。(これも読んでないけど。)

何処ででも、置かれた場所で、頑張って行けば道は拓けてくる、そう、教えてくれるような人生です。
そして、ただ研究をするんじゃなくて、研究した成果で、病気を減らし、人々の生活に直に関わって良くしていく、なんて、なんて意味のある、素晴らしい人生を歩んだのでしょう。
ただただ努力して勉強と研究を頑張って、人々の暮らしを良くする、なんて。
そして、そうやって頑張って人のために働いた人が、人々から好かれない訳がない。
地位や名誉も付いてくる。でも、名誉や地位を欲しがってやったんじゃあ、こんな人生歩めてないと思います。

子育ても、していきますが、この先どのような仕事ができるかな、と考えてた私に、色々なことを教えてくれた伝記でした。まずは、置かれた場所で咲いてみますかぁ♪✨
そして有限の人生、何を学んで何を為していくか。

小さくても。

そう考えていたら「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」ってそういう意味だったんだなー、とわかったのでした。

せっかくの人生ですから、何か学んで人のためにもなりたいですね。
それが、ひいては自分のためになる。
自分も「人」の一員です。

そうやって「この世界で自分に何ができるか」考え淡々とやっていくことが、「自立する」こと「生きていく」ことかもしれないな、と思いました。
この年で。


親も凄い、というのは、詳しく調べてないので養子に出しちゃって終わりなのか、ずっと学費を出していたのかはわかりませんが、ずっと学問させている所。そして、8歳から親元を離しても勉強させている部分ですね。柴三郎さんが、「医者になろう」と決意してから勉強を始めたのでは、その後の研究時代の数々の発見に辿り着けたかどうか。
やはり、ずっとしていた勉強の下地あっての発見だと思います。
そんな風に、勉強の得意な子に勉強をさせて、人の役に立ちまくっちゃってる人を生み出した親も、やはり凄いです♪