いじめはなくならない、としたら。

「いじめをなくそう」
「いじめのない学校」


白々しいスローガンを掲げても、現実、どのような種類の世界にも、似たようなことは、あると思う。
程度が浅いとか、本人気づいてない、とか、すべての集団にあるわけではないかもしれないが。


ある。
そして死んでしまう子もいる。


現実、そうなのに、対策、取らなさすぎ!


学期ごとのアンケートを義務付ける、とか、いじめなどで不登校になっても、通信で勉強や卒業ができるサポート体制を整えたり、現実の対策をしてほしい、国に。
いじめ→不登校フリースクールなど。
みたいな、例外のコース的なものじゃなくて、当たり前に選べる選択肢を増やして欲しい。
それを選んでも、全然、胸はっていられるような。

いじめの相談を保健室の先生やスクールカウンセラーや、電話の相談員にするんじゃなくて、(学校関連の人は、近すぎる。関係ない相談員は、遠すぎる。)第三の機関にできて、そこから、直接学校やスクールカウンセラーに色々アドバイスしたり、対応を求めたりしてくれて、経過も最後まで見守ってくれる、機関を設置してください。

いじめはきっと無くならないから、無くなるのを願うんじゃなくて、具体的に支援する、責任もあり、直接やり取りできる対応する場所が必要だよ。
そこに言えばあとは安心して過ごせるような。

というか、いじめがあったか、ってよく調べてるけど、建前主義過ぎる。いじめくらい、あるでしょう。調べてる人も育った過程で、遭遇してきてるでしょう?逆に無い方が珍しいというか、無い証明の方が難しいと思う。
だからもう、「ある」前提で、具体的な対策を練る段階に来ているとオモイマス。


当事者とか、当事者の人格や力量、状況や運に、すべてを任せすぎてる。
子供を、運だけに任せるのって、ちゃんとした教育なのだろうか。