みらいの子孫へ

未来の子孫を考えて日々をすごすといいと思う。

遠い時代の友だち。

時代の違う同士。

きっと似ていて きっと気が合うはず。

さみしくないよ。

僕が見てるから。

ちゃんと。

過去の祖先。

過去の親の親ががんばって生き抜いてくれたから、今、生きられています。

毎日があります。

泣くほどつらいときもあったでしょう。

もうダメかな…と諦めそうなときもあったでしょう。

でもそんなときも投げ出さないで毎日を生きぬいてくれたから、今の自分があります。

感謝(^^)!!


きっと時空を越えた友だち 同士。

繋がってるよ 無駄じゃないよ がんばってくれてありがとう。

特に有名な訳でもなく。

特に功績があるわけでもなく。

そんなふつうのあなたが普通に毎日を過ごしてくれたことが。

時空を越えた誰かの役に立ち、その人の存在をささえています。

それだけが大きな功績です。

ありがとう。

桜を見る会どころじゃない

桜を見る会

長年の功績のある人などを招いて行われるもの。

名簿を公開して恥ずべきところなどないはず。

住所などは個人情報だから守られるべき。

名前を見られて恥ずべき人など呼ぶべきではない。

堂々と見せていい部分なハズ。

呼ばれた人は名誉な事なのだから。

功績を労われる会なのだから。

そして

これだけ問題視されているものをうやむやにして、国民をバカと認識しているとしか思えない。

私達は馬鹿にされている。

煙に巻こうとされている。

事実をわい曲して

名簿はない。

などと言う発言はおかしい。

そんな、データを修復する能力もない政府なのか。

そんな、データを修復する能力もないこの国のトップの官僚達なのか。

日本てそんなデータを修復することも出来ない国なのか。

日本て素晴らしい国と片方で褒めながら、日本の顔に泥を塗る、そんな人。


この問題でもっと大事なのは、この問題そのものではない。

うそがまかり通ると認識してしまう、若者。

世の中こういうやり方が正しいんだと定着しちゃうこと。

何か間違ってても正せないこと。

不正は不正だ。

どんなにへりくつを述べても、もうみんなわかってる。

わかっててそれが通用してしまう不甲斐ない社会。


ヒトラーみたいだ。

右と言えば右なのか。

北のあの国みたいだ。

自分に逆らう者は排除する。

裸の王様なのに、みんなにバレてるのに、誰もそれを正せないでいる。

指摘するのは誰。

誰が言えば正せるの。

どうにかみなさんも考えてくれませんか。





今回の件は、大した内容ではないかもしれない。

でも

一事が万事。

ヒヤリハット

チリツモ。

きっともっと大きな間違いも正せないから。

この状態はマズい状態だと思います。

東京のある見方から見た一面。

東京のおしゃれ。

服、ビル、カフェの容器、家。

なぜ

見た目にこだわるのか。

それは、あつかわれ方に差が付くから。

「映え」

のものは取りあげられて話題にもなる、見られる。

「そうじゃないもの」

は、見られない。

数が圧倒的に多すぎるから。

全部見てたら疲れちゃう。

全部は見てない。見られない。

人を人と認識して、人扱いしても、そうは返されない。

心を砕いてもやっかいだ。

だから素っ気なくなる。

そして自分が認めた人にだけ心を砕く。

それ以外は関係のない他者。

他者なんだ。

だから、一目置かれる見た目は大事。

まずは見た目。

カフェの容器も可愛くて、氷多くて、中身は少ない。

ワンプレートランチも見た目は超おしゃれ。

味はイマイチか、美味しいならば量が少ない。

立地代掛かってますから。

家も飾る。

悪く扱われたら嫌だから。

だから、どんどん増してく。

良いものは更に良くなり、悪いものは更に落ちぶれる。

そういうのが早く回転してるところ。

そして他人は他人なところ。

関係のない他人は競争相手。

早くしないと行列のあとの順番になっちゃう。

早くしないといい目には合わない。

仲良くするのは自分にも良くしてくれる人。

自分の価値を下げてはならぬ。

自分を守らねばならぬ。

それは競争だから。

人が多すぎるから。

疲れた人は広い土地のあまってる処に住めばいい。

そこには競わなくてもあまってるから。

仕事は探さないといけないけど。

ずっと競争できる人はしたらいい。

その人は強い人。

みんなが強くいる必要はない。

無い物は余ってる土地に行けば余ってるのだから。

自分を諦める。

「自分を諦める」
っていう言葉が本か何かにあった。
そこから始まる、みたいな。
その時は諦めたら何か変われそうだから諦めたい!と思ったけど諦められなかった。
けど、ついにやってきた。
その時が。
あきらめた。
そしたらやはり良かった。


自意識って高いね~。

そして可愛いんだね~自分が。

だから諦められなかった。

自分には凄くいて欲しかったし、凄くなって欲しかった。





でも、タイミングが来て、自分を諦めたら‥

自分てこんなもんか、とむなしく思うのと同時に、こんなもんなのによく頑張ってるんじゃん。と、褒められるようになった。認められるようになった。


すごい母にママになりたかったし、完璧になりたかった。


けどすごくなくても笑えてるし、気負わない分楽かも。すごくある必要がなくなったら、実質的に物事を考えられるようになった気がする。映え、より、中身、みたいな。


すごいママにはなれなくても、やれるだけやってはあげよーと思うようになった。等身大。


凄くなくていいんだ、と思うと、非常に、楽。

いいんじゃない?
凄くなくても。
私が私らしくやっていければ。
それがしたかったことなんじゃない?

お金を貰ったらしたいことを
お金を貰わなくてもしてみたらいい。
なりたい者ややりたい事を、
何かプロセスを得たからじゃなくて、
直接
やっちゃおう。
それがいい。
夢、叶えちゃえば。

息子に、音読の宿題を聞いていて、丸に出来ないからちゃんと読んで、と注意したら、読んだからもう絶対読まない。△も評価にあるんだから、それでいいんじゃない、と言われた。
そうだね。
丸を取る必要はなかったんだ。
丸を取る必要はないんだ。

自分の中の絶対領域が他者との対話で垣間見られる。

自分が、「この世界」だと思っていたものが、自分のいろめがねだと気付いた日。

「片づけられない人」に聞いてほしい計算式と学校のプリントをどうしたらいいかについて、からの転居を伴う新生活は決めること2倍。転居を伴わない新生活は居場所の決まってない、ルール決まってない事柄沢山。判断の貯まる日々、それが新生活!

片づけられない人に聞いてほしい。

買うものの数×捨てられない率=部屋が汚れていくスピード

買うものの体積×捨てられない率=部屋が汚れていく実感

つまり、ものを捨てるという判断がヘタとか遅ければ遅いほど片づかない部屋になっていくし、片づかない部屋ほど掃除はしにくいので汚れていくということ。計算式にすると分かり易い。片づけたかったらどちらかを減らすしか無いのだ!!!

きれいなお部屋に暮らしたかったら、掃除のしやすい物の少ない部屋か、物が多くても掃除はするという根性が必要だ。根性を日常生活のそんな所に使いたくないから、物を減らすのが妥当だろう。と、すると、物の入る入口(買うものの数)を狭くするか、出口を広げる(捨てる率を上げる)かしかない。
片づけが苦手な人は捨てる率も低いから、つまり、それは買うものの数を減らさなくてはいけないということを表す。
そして、体積の大きい無駄な物を増やすと、それだけですぐに部屋に散らかした感が出てくるから、大きいものを手に入れるときには吟味しなければならないし、小さいものでも数を増やすと分類しなくてはならないという労力が増えるので大きい物にも小さいものにも注意は必要。
それに更に日本の100均という、買うハードルを下げるお店も存在するが、100円しかかからないけれど、その1個が増えると分類する手間、掃除の時どかす手間、捨てる手間がかかってくるのでご注意!100円以上の労力が掛かってしまうかもしれない。要吟味!

どんどん物を買ってしまう人は、普通に考えたらどんどん捨てないとその分部屋は汚れていく。どんどん捨てれないなら、どんどん物を買ってはいけないのだ。
捨てるのが苦手なら買うときも吟味しなきゃいけない。



あと、「ときめき」で、物を捨てる本が流行ったが、理に適ってる!


買うのが一瞬なら、捨てるのも一瞬で決めていかないと敵わない。


一瞬で決めるということは、直感だ。
直感で決めて、多分困らないし間違いないのだ。
体は全部知っている。
脳味噌が理由をつけて説明出来なくても、さわった感じいい感じか悪い感じかで、白黒付いてるのだ!
さわって気分がいいなら→白!
さわって気分が悪いなら→黒!
そこは自分の体を信じて、じゃんじゃん進めてもいいのかも!
疑うなら、取っとかない「黒」と判断したものを1週間取っておいて、もう一度見てみて、判断が変わっていなければ、もうそれで信じて捨ててしまっていいのだと思う。やってみよう!
捨てようとするから(もう手に入らないかも!コストかかるかも!と損なことを想像して)判断が鈍るわけで、1週間置いておいてそれが無くても困らないことを確認できれば安心してサヨナラできる。だから、取っとく袋・捨てる袋・ときめかないけど捨てるのは惜しい袋に分けて、捨てる物はすぐ捨てればいいし、迷う物は迷って置いといて、一定期間経過後に安心して捨てればいい。無理しなくていいんだ。無理に捨てなくても。判断だけして、別に分けて置けばいいんだ。




というか、考えてたら学校からのプリントが貯まる理由が今分かった!

アレ、には指定席がない。住所がない。ルールを、新生活の始まった提出物や名前付けの多い1年生の4月に決めなきゃいけなかったんだ。それをしないから、できないから、色んな所に置いたり、増えていくんだ。

帰ってくる時間や持っていかなきゃ行けない物は把握しなくてはならないので、そのままプリントを貼り出すか、そのヴィジュアルが嫌なら情報だけ抽出してカレンダーなどに書かなくてはいけない。それか、スマホの写真で撮る。

このスマホで撮って全捨て!という作戦がいいかもしれない!

プリントを受け取ったら
〇やるべき事・持って行くもの・〆切りをカレンダーに写す
①受け取った時点で捨てれる物は捨てる
②捨てるか迷う物は写メ撮って捨てる
③貼り出す物は貼り出す(前の月に貼り出してた物と交換、前のは捨てる)
④ずっと取っとくものはファイリング

がいいかな、と思ったけど、最初の行程で判断しなきゃいけないと遅くなるし、判断がつかなくてその辺に置いたら終わりなので、全部写メ撮って捨てる!と決めておいた方がいいかも。でもスマホで見るのも時間かかるので、毎日見る物は貼り出しても得かな。
帰宅時間などは写メしとくと外出先でも見られるし、年間や月間の行事予定なども一度写メしとけば、外出先でも予定が立てやすい!
そして写メしとけば読み物も暇なときにスマホいじる時に読めちゃうかも!
プリント管理するのも面倒だし、しまってた所から出す手間、探す手間がなくなり、スマホに入れといた方が読む可能性上がるかもしれない。
夜になって明日必要な持ち物を知っても困るし、帰ってきたらすぐにプリントを貰って、この作業をする、とルーティーンにしてしまったら楽なのかも。



そして同じようにルールのない時期で忙しい時期はたくさんある!

新生活だ!

小学校入学以外にも、結婚・出産・就職による転居・転居・単身赴任による転居・大学入学による転居・転勤による転居…などなど、決めなくてはいけないものは多いのに忙しい。
引っ越しを伴わないこれらのライフイベントは、新しい出来事だけ決めていけばいい。
でも、引っ越しを伴うものは…………
新しい出来事に対処するだけでも忙しいのに!!!なのに部屋の何処に何を置くか!!!も決まってないから決めなければならないし、ゆっくり徐々に決める余裕もないから、決められずにさらに散らかりやすくなる。
さらに新しい出来事(学校からの配布物、自治体からの配布物、支給品、購入品)へのルール決めも必要だ。
つまり、引っ越しを伴う場合、新しい物事への対処+新しい物の指定席決め、という二階建て構造で忙しいのだ。大変なのだ。
引っ越さない場合の2倍は大変なのだ。
心してかからなくてはならない。とともに、出来なくてもしょうが無い、という逃げ道を心に持って、だからこそ知恵を使って工夫して、サボりながらも、新しい出来事への対処と物の指定席決めに代表される新しいルール決めを平行して行っていくんだ、という自覚を持っておきたい。
自覚があれば、対処できる。工夫できる。無理せず休みながらやればいいのだ。大変な事に取り組むのだから。
片づかない、と自分を責めるのではなく。
普通片づかない位の、大変な事をやっているのだから、自分を労いながら、大切にしながら、でも判断はサクサク下して行かないとね。


新生活=下す判断の増量(新しい「物」への居場所決め、ルール決め含む。)

転居を伴う新生活=下す判断の増量(新しい「物」への居場所決め、ルール決め含む。)+今まで当たり前だったここにはこれを置く、というようなルールの再設定

アラフィフ世代の台頭

最近元気だな!正直だな!と感じる方々、高嶋ちさ子とか長嶋とか、坂上忍とか、山本太郎とか、大阪の橋本元市長とか。
正直でうれしい( ´艸`)
や、嘘もあるのかな?あるのかも知れないが。大人の事情とか。あとマツコ・デラックスとか。

それに、さんまとかたけしとかが、もう、年過ぎて。もう、きっと面白くない。面白いんだけど、例えが、古すぎてよくわかんない。知らない野球選手とが知らない大物芸能人とか。よく本を読んでないと、前提の知識が合わなすぎて話が合わないとか聞いてたけど、私ですらわからないたけしさんやさんまさんの例え…今の若い子達…にはもう本当わからないとおもう。うちら世代は上に合わせれる位の、ちょっとは理解できる余地が残ってるけど、今の子達にはカケラもわからないっていうサッパリ分からないけど合わせとこう!という気持ちを感じるので……。もう、世代交代らしい!きっと。
社会って幅広い世代のことを言うとすると、~10歳まで、~20歳まで、~30まで、~40まで、~50まで、~60まで、~70まで、~80までくらいがボリュームゾーンで、80overは少数派と考えると、さんまさんもたけしさんも60overで、上の世代のことはよく分かっても、下の世代のことはよく知らなそうだからなぁ。だから、8個の世代中、3個しか相手にできない。団塊の世代含み、ボリュームゾーンではあるのだろうから、喜ぶ受取手もまだまだ多いだろうが、社会の中心、中央値とはズレてる!細々と続けてくのは構わないが、真ん中に居座るのはもう違う気がする。
だいたい、人が憧れるのは自分より年上の人であって、子供時代や思春期、若い頃に憧れるという体験が多いから、その時に覚えた人の印象は強い。だからその名前をよく出すけど(あと同世代まで)、下の世代の有名人を引用することは少ない。だから、さんまさんもたけしさんも引用する人が60歳以上の方で、その方が活躍してたのはその方が10代20代30代の場合が多いから、今の若い子には生まれても無かったり、小さくて知らない事が多いし、うちら世代だって、伝聞では聞いてるけど、名前は聞いたことあるけど、本当はよく知らない。だから、ぜんぜん盛り上がれない。だからきっと、そろそろさんまさんもたけしさんも、隠居だ。
次の世代に明け渡して、次の世代が社会を引っ張っていく毎日がそう遠くない未来訪れるに違いない。


それを、政治でもやってもらいたい。
もう、今までの嘘ばっかの政治は辞めて、40代50の人が本気で本心から「よくしたい」と思って、日本の取る姿勢を決めて欲しい。
もう今までの、上のやり方を見習ってるんじゃ、いけないと思う。
もっと、これからの世代に向けて、これからの世代の生きる毎日の暮らしをおもって、なにごとも決めて欲しい。じゃないと、暗い。
子供と若い人が希望を持って暮らせる世の中じゃないと暗いし、みんないなくなってく人々な訳だから、これからの未来に生きてる人が生きられる舵取りをして欲しい。その方が、明るい。今を生きる私たちにも。繋がるって今があるから。もし、未来がないとしたら今の意味もなくなってしまうし。今しか考えず刹那的に物事を決めて、未来に生きる命を消さないでほしい。小さいもの、若いものに優しい、持続する世界が、明るい社会だとおもう。


消費税増税で、社会保障費に当ててて、年金も払ってるけど、、、その稼いでる世代、今働く世代の15~60位までの働く労働者世代も暮らしが安定しないと、何のために払ってるんだか。老人のために生きてるのか?となるし、年金もどうせ貰えるし、資本主義社会だから、競争で、自分さえ良ければいい、弱者のこどもも老人もないがしろでいい、って感じの街中の人々だけど、老人にはいつか自分がなるし、こどもは自分が年老いたときに社会を支えてくれる担い手だし、もっと大切にしてもいいんじゃないんだろうか、と思う。
お金や補助金を増やせ、とかいう意味じゃなくて。歩きスマホ、チャリスマホ、車スマホで、堂々として人のことをどうでもよく扱ったりするのって、失礼で、礼儀がないと思う。思いやりないと思う。こどもや赤ちゃん連れに冷たいのも、育休に冷たいのも、本人のこども育ててるんであって他人に迷惑かけるな、って思うかもしれないけど、将来老人ホームで若い人に世話されない、病院で若い医者や看護婦に看てもらわない、って決心してるんならいいけど、人の子にも、将来いずれお世話になるんだよ。他人の子供が他人のあなたの世話もするんだよ。それが社会じゃん?
年金制度も整って、自分にこどもいなくても年取っても年金貰える仕組みにしてるけど、制度であって不変ではないわけだし。
資本主義社会で弱肉強食で、年金制度はあって、こどもいなくても年老いても生きていける保証が整いすぎてるから、こどもいない方が少ない方が支出は少なくて済むし、一人の子に手厚くお金や教育できるし、って少子化進んでるのわかるかな。
国が決めてる、税金や年金やの制度だよ。制度でこども減らそうって思うよ。
こどもがいればいるほど教育費掛かります。
保育園増やすとかそういう当面のものじゃなくて、年金って制度がこども減らしてると思います。
自分も年取るし、年金はあってほしい。
でも、働き手が多く、少数の老人を支えるだけでいい時にできた制度が、結局はこどもを大事にしないという社会を産み出してしまった気がする。

こどもを大事にしなくても、年金はきっちりうけとれますから個人の権利で。払ってるのは、こどもで、将来の大人の納税者ですけどね。

制度とか仕組みはあるから、人のことには無関心、どうでもいいじゃなくて、助け合ったりする表れが制度である、元々優しくし合うけど助け合うけど更に制度もある、というような位置づけになってほしい。

「安全機能付車限定免許」でアベノミクス

痛ましい事故の後に


「高齢者は安全機能付き車限定免許」。


医師の診察や許可、実際の運動能力のテスト、実際の走行試験、必要じゃないんですか?????


本当に事故を減らそうと考えてます?????


日本経済のことしか考えてないとしか思えません。
そして選挙の票。
選挙に行く高齢者から車を取り上げられない!!!だから、「安全機能付き車限定免許」の一案しか出て来ない。
本当に日本国民を守る気あるようには思えません。
日本国民て、高齢者だけじゃありませんよ。
子供も大人も、高齢者も。
いつか自分自身も高齢者になるけれど、身体がおかしいのに運転し続けるのも、おかしいと認識できないくらい頭も付いていかないのに運転し続けるのも、怖いです。
返納、じゃなくて、客観的な試験や医師の診断に基づく許可を信じたい。


安全機能付車だって、高速道路逆走などを防ぐことは出来ません。


自分や自分の周りの家族が事故に合わなさそうだからって、すごく他人事の策しか考えられないんですね、政治家の方って。


策を考える為に集まって、それが仕事なのに!!??


もっと、本当に事故を減らすような対策を考えていただきたいです。切に願います。


地デジ放送開始で、アナログ放送終了。
→地デジ対応テレビ売り上げ。

オリンピック招致。
→オリンピックに伴う工事や観光客の増加。

万博開催決定。
→万博開催による経済効果。

高齢者安全機能付き車限定免許。(未定)
→安全機能付き車の売り上げ。(見込み)



ここ数年の経済効果を出してる政府の決定。
これって、ニューディール政策じゃん。
公共事業じゃん。
わざと需要を生み出して、生産させて、雇用も生み出してるけど、単発の策ばかりで、見かけの景気は持たせてるけど、ずっとこんな策を出し続けられるのか?長期的に見て、どうなのか?自分の政権下の景気さえ良ければそれでいいのか?