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過去をこえろ

過去、つらい事があった時からずっと、過去ばかり見て来た。
つらい時にそれに振り回されて誤った判断をしないように思いとどまった。
と、思っていた。
少なくともその時は。
でも違った。
一回越えればいいんじゃなかった。
判断は続いてく。
毎日毎日の、生活の、中で。
それが、生きていくということの紛れもない事実。
つらい気持ちを歌った歌や物語に共感し癒される度に、「自分だけじゃない。」と知った。つらい気持ちを知ることで、共鳴し、癒される部分はある。
でも、それだけじゃダメだ。
やっぱり、暗い気持ちから芽生えたモノは暗い。
共鳴こそすれ、ヒカリを新しく産み出す物ではないと思う。
自分の中にもヒカリと暗さ両方あると思う。
フォーカスするのは、ヒカリに。
ヒカリにしよう。
過去に色々あった。
色々あったから生み出せるモノもきっとあるだろう。
けど、過去の自分の嫌だった記憶に、私の人生の舵取りを支配されたくはない。
嫌だったことは嫌だったことの箱に、そっと、しまっておく。
そして、時々振り返ってみれば、きっと今まで見た映画や小説や歌の歌詞のように、経験が増えるに連れ、その色合いや意味は変わっていくのだろう。

嫌だったことも私の一部だから、それを踏まえての判断も間違いじゃ無いのかもしれない。
けれど、私の身体がそれを嫌がっている。
きっと。
きっと、それがあったから今がある、という美談にパーツとして組み込みたくないのだろうと思う。
それが、あっても無くても私はこうだった。というのを現実にしたいのだ。
それを、私は求めていない。
嫌だった記憶なのだから。
それに、惑わされたくもないし、関心も持ちたくないし、一ミリだって動かされたくないのだ。私を。
私はそれに動かされることを許さない。断る。
ただ、それだけ。

そして元々歩みたかった道を歩こう。
お供は、強くなって帰って来た自分と。
仲間は今の家族。
自分自身がガイドでプロデューサーで援助するサポーター。

人が信じてたからって自分も信じるのは、辞めよう。
いい、大人なのだから。
私は、私の、判断力に、考え方に、良いと思う事に準拠します。
私は、私の、良心に基づいて行動します。
それは決して人に教わったことの通りではありません。
教わった中で、良かれと思うものは良いとし、人の意見では良い行いでも、自分の判断と違ったら、自分の判断力を信じます。