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悲しみのなぐさめ方

やっぱり、「共感」に尽きると思う。
でも、それは本当に体験をしていなければ出来ない事。
想像や嘘で「共感」しても、何も癒されない。生まない。

昔は、「本」が、共感の場所だっただろう。
「本」の作者や登場人物に「共感」し、告白や吐露に納得する。

今は、ブログだ。

辛い体験を書いているブログが沢山沢山ある。
その中で、本当に同じだ、という部分を読むと、泣きそうになる。そして、何か癒される。
場面や立場、エピソードの順番など違っても、似ていて、回想して反芻して咀嚼できる。
もう一度、同じ場面を経験できると、そしてその時他者の目線を入れて昔の自分に共感できると、本当に癒される。
たとえば、「いいんだよ、泣いていいんだよ、それだけのことをおまえはされたのだから。可愛そうに。」といったのが、他者の目線だ。
その時の自分だけだったら、訳もわからずに、呆然と立ち尽くしていた場面で、そうやって「今の自分」に共感されると、癒されて、昇華できる。自然と。そして手放せるのであろう。その記憶を。

よく、育ったときの嫌だったことを親に直接言う、または心で言う、という親からの自立方法?が紹介されているが、それってどうやるんだ?となかなか実感を持って想像出来なかった。
が、しかし、上記のようなことだ。
似た場面を読んで、追体験すると、自然と過去の自分が持っていたであろう感情に、今の自分が持っている目線や肯定感を加えて、すっきり納得させてあげられる。
これで一件落着や。

すっきりした~。


コレカラも、自分の辛かった体験をブログ等で追体験して、色んな想いを昇華させていきたいと思う。
そして、すっきりしたい。